JW思い出供養⑮自分の存在意義が自虐的になるエホバの証人2世

現役時代の真っ黒な気持ちの生活の中では、自分は他人がいかに幸せなのかを証明するために生きてると思ってました。
"Exist only to be compared with someone else"








JW思い出供養⑭子どもの甘えは許さない!奉仕のしもべ姉妹

親がいない時のハラスメントが嫌でした。JWも世間と変わらない。
"An "EXEMPLARY" JW makes fun of a girl"
※作中の呼称は仮名です。


現役だった子供時代、車で送り迎えをしてくださった人たちには本当に感謝しています。
雨風しのぎ、怪我も防止できたのでかなり助かりました。
ただ、親と離されているときに、出過ぎた指導をしてくる方がいてつらかった。
子どもなら誰もが楽しみであろう、祝日がくるのが苦痛でならんかった。

昔のこのブログのエントリーで書いた、この話を絵にしたものです。
「少女時代苦しかったこと(3)憂鬱な長時間の「野外宣教」 おやつ」











ツイッター投稿まとめ:エホバの証人の辛い経験は果たして役に立ったのか

エホバの証人の組織内での経験、たとえば「神権宣教学校」が後の人生の役に立ったという話を時々見ます。
しかしそれ、本当にものみの塔の組織が与えてくれたものなんでしょうか……?

以前は疑いもなくそう思っていた私も、今では否定します。
それはご本人のもともとの素質、才能だと考えます。


エホバの証人でなかったら、本当にそんなに"すらすら講話ができ"なかったのでしょうか。
エホバの証人でなかったら、本当にそんなに"漢字の読み書きが得意"でなかったのでしょうか。
社会人になりそうした能力が必要になったとき、「神権宣教学校」を受講しなければその能力は発揮されなかったのでしょうか。

そんなことはないはずです。

まだプレゼン力や漢字の読み書きが必要とされない幼少時代のうちに、「神権宣教学校」によってその能力が早期に引き出されたというだけの話だと思います。

そのような能力は元々あなたが持っていた素質であり、就職後など、必要になればきちんと自分の力で発揮できていたはずだと私は考えています。


もしかしたら、長期に亘って苦労したエホバの証人時代の経験を無駄にしたくないという心理が、私たちにそんなふうに思わせるのかなあと、考えています。













JW思い出供養⑬自転車で、「思い出ぼろぼろ」

つらかった、王国会館への自転車通いの、13年間の思い出をここで成仏させる。
"5miles to Kingdom hall on the Bike for 13 years"













JW思い出供養⑫「サンデー・スリー・ピー・エム」

"Get back our Sunday 3 p.m."

なたは10歳のころ 日曜午後3時に何をしてましたか
わたしは 小学4年生のころとか 高校1年生のころとか 思い返しても
日曜の午後3時に 「集会」で座っている以外に 何かしていた記憶がまったくない



歳から高校を出る18歳まで
計算すると3600時間以上を 集会で座っている時間に充てているのだが
それだけあれば 一般の子どもだと どんな遊びや習い事に充てるのだろうか


たしはと言うと
集会で 次はどんな禁止事項がふえるのだろうかと
思春期のヤマ越えた頃には それを演台から言い渡されるのが
マゾヒスティックな快楽になっていました

あっ 今日は魔法の出て来るアニメが禁止になったな
あっ 今日はよく聴いてたジャンルの音楽が禁止になったな
あっ 今日はとうとう インターネットが見つかっちゃったか


い雑誌に 見慣れないカタカナ文字が突然出てくると
たいてい禁止事項です
野暮ったいおじさん長老が たどたどしく 「オルタナティブ・ミュージック」とか言うのが
おかしくて うっとおしくて だまってシラッとしていた



ういう無味乾燥な 子どもの時間はなんの役に立ったのか


3600時間を








JW思い出供養⑪エホバの証人でない=全部"邪悪"

エホバの証人でない=全部"邪悪"というものみの塔の考え方を痛感した中学時代のエピソード。
Jehovah rewards Pagan nation that respects not only human but also even a life of a small fish.








このお寺、今どうなっているかなと思ってGoogleマップで見てみたところ 今でも筆文字言葉の掲示を続けてました。
実直に実直に。